スラムで暮らす人々
スラムで暮らす人々 11月25日分
フィリピンの話、<その2>です。
難民キャンプで暮らす人やスラムというところで生活する人のことは、テレビなどで見たことはあるのですが、実際には行ったことがありません。私がよく見ているのは、隅田川のほとりの青テント群です。通勤の途中にみたたくさんの青色のビニールシートとダンボールの住処に住んでいる人たち。夕方にろうそくの火の元に何人か集まっていっしょにアルコールを飲みながらおしゃべりしていたり、朝に背広を着て出勤する人たち、もちろん不潔そうなイデタチでボウっとしている人もいます。テントの中も割合きれいに整頓されている。私は「何らかの事情で家に帰れない、帰らない“自由人”の人も多いのでは? 狭く息苦しいうさぎ小屋よりは青空の下で暮らすのを望んでいる人も・・・」などと思ってみていました。
フィリピンで『スラム』というところを見てみたいとお願いして連れて行っていただきました。果物を売る店が並んでいるところをちょっと曲がっていったところ。はじめは土の上を歩いていったのですが、途中から木や板を並べた細い道になり、気がつくと下は水でした。前日の夜に会話ができないほどのすさまじい雨(スコール)があり、滑る道を注意深く歩いているのですが揺れたり、板が壊れて転びそうになったり・・・。周囲は『家』が無造作に水の上にのっかっている。台風がきたら全部なくなりそうな作り。(このダバオには台風も地震もない。台風発生の場所)
危なげに下を見て歩く私たちにたくさんの子どもたちが寄ってくる! とても親しげに。子どもたちはその道を縦横無尽に走り回っている。午前中なのに学校に行っていないのだろうか?・・・ たくさんの子どもの中に一糸まとわない丸裸の子どもも多数いる。だいぶ奥まで行ったとき、道とも家の中ともいえない場所で洗濯している女性に、同行してくれた知人が声をかけた。「元気ですか。日本からのお客さんだよ」女性は知人を信頼しているようで手を休めず笑顔で応対。私が持っていったバンドエイドの箱を渡して説明してくれた。
ある空間に案内してこんな話をしてくれた。「ここは、海の上。ダバオ湾の海上生活者。昔から南の島々を渡り歩いて商売をする部族がいくつもある。その人たちが住み着いたところ。子どもたちは学校に行っていない。親が行く必要性を理解しない。僕たちはここで、識字教育をしている。しかし、その前に鉛筆を持ったことがない子どもたちにその持ち方から始めなければならない。もっともっと奥まで続いていて道もあるのかないのか・・・。」「トイレはどこで?」「もちろん、下の海に、そのまま。ゴミも」「そのわりに臭わないですね」「昨日のスコールで家も身体も自然のシャワーで洗い流されたからですよ。いつもはすごいですよ」「こういうところがフィリピンにはたくさんあるんですか?」「山の部族やその他たくさんあると思うよ」「フィリピン政府は、そういう状態をどうしようとしているんですか?」「政府関係者などは、放置。自分の暮らしがよければそれでいいというように見えるね」
息がつまりそうに緊張している私の周りに、さっきのバンドエイドを膝にはって(埃や垢で汚れている傷にそのまま貼っている)私に見せにきてくれる。
帰り道、空き缶で作った何かを持って帰ってきた女の子たちに会った。知人の説明では、朝仕事をしてきたところだと。「空き缶で演奏して物乞いしてきて稼いできたんだよ」と。
強く印象に残っていることは、子どもたちの元気のよさ、活きのよさ、目の輝きだ。 この体験を私の中でどう考えるのか、まだ整理がついていないが、悲惨さというよりは何か違った感触をもって帰ってきた。
ミンダナオ国際大学で講義
日本の団体(日本フィリピンボランテイア協会)が作ったミンダナオ国際大学で講義をする機会を作って下さった。日本語の勉強のためのオムニバス講義。この大学には、国際学部と社会福祉学部がある。日本語を徹底して教育している数少ない大学。社会福祉学部の学生は介護の勉強をしている。日本人の教師も数人いる。私は「日本の介護事情」の講義を日本語で行い、わからないところを国際学部の学生が通訳するというもの。一通り講義が終わったあと、円状になりフリートーキングを行った。
「皆さんはEPAが締結したら日本にいって介護の仕事をしたいと思っているのですか」
「日本の介護は今、大きく変わろうとしている。やって差し上げる介護ではなく、自立支援の方向に向かっている。プロとしての仕事の確立を目指しているが、そのことをどう思うか」
「海外で働きたいと思っている目的は?」
私は、さまざま質問をした。また私への質問もたくさんあった。私なりにわかったことは、フィリピンにいても生活ができない ⇒外国で働いて収入を得たい ⇒そして家族に送金したい・あるいは家族を外国によんでいっしょに暮らしたい ★仕事は何でも一生懸命する ★自分のやりたいことをやるというよりは、家族のために ということがとても大きい。とても素朴な学生たちでした。
大学の宿舎に泊めていただき、職員の方といっしょに食事をし(ついでにカラオケまで・・・。カラオケに行って驚いたのは、日本の歌の数倍の歌が入っているのが韓国だった! 観光客も韓国人が圧倒的になっているこのごろだという)本音でいろいろなことを教えていただいた。ありがとうございます。
日本に帰ってきてから、日本フィリピンボランテイア協会の方が尋ねてくださった。日本の要介護者を介護つきでフィリピン旅行を楽しんでもらう企画をしているという。(以前も行って好評だった) 『やすらぎのダバオ旅行』(1月下旬から9日間)。要介護で外国旅行したいと思っていらっしゃる方、あるいは、そのボランテイアでいっしょにいってくださる介護関係者の方。どうぞ一報ください。