友人の突然死
友人の突然死 2013年9月5日分
先日、学生時代からの友人が急死した。60歳。現役マスコミ人。今年本も出版。朝、いつものように腕立て伏せをしている最中にそのまま突然死亡したという。死因は、『心室細動』。
衝撃
ある朝、メールが飛び交った。
「〇〇君が突然死したようだ。誰か詳しいことを知らないか」
「娘さんからメールが届いた。腕立て伏せ中に死亡したと。お通夜の場所と時間は〇〇。行ける人は行こう」
「行く人は、現地で待ち合わせてその後・・・」
「しかし、それにしても、衝撃的だなあ・・・」
健康に留意していた
実は、4か月前にその友人も含めて昔からの友人たち6人が会って食事をしたのだった。別な友人が定年になるというのでたまには昔の話も・・・と。
彼は、テーブルの端の方に座りよく食べ、よく飲み、よくしゃべっていた。健康には気を付けて、トレーニングかスポーツをよくやっているというようなことをいっていた気がする。だから、毎朝かなりの回数の腕立て伏せをしていたのだろう。
そんなふうに健康に気を付けている彼が・・・。しかし、実はその時気になったのは、『たばこ』だった。マスコミ人のせいか(?)たばこは辞められず、かなり吸っていたような気がする。
旧友たちの献杯
お通夜に集まった昔からの仲間たちは、帰りがけ『献杯』。30年ぶりの友人もいてわいわいおしゃべりした。
「これで何人目かね、友人の死は・・・」
「若くって死ぬ人が多いなあ」
「明日は我が身だね」
「連絡網を作っておいた方がいいかもしれないね」
「突然死んでしまった場合、悔いが残る人はいる?」
「いつ死んでもOK?」
「まあ、いいかなあ」
「子どもが小さいから、もうちょっとかな」
わりとサバサバと
お通夜でしか会えないことはなんだかいい気持ではないが、久しぶりに会った定年前後の仲間たち。私は看護学校だったが、他の学部の友人の方が多い。社会的地位が高い人もいるし、その道では有名な人もいるしいろいろ集まったが、そんなことお構いなしに呼び捨てで語れる友人たちだった。
そのみんなの『死』に対するとらえ方は、私が見る限り、“わりとサバサバ”しているように思えた。
私がみんなにいったのは、『生前葬をするんだったら、手伝うよ』『その前に病気になったらよければ連絡ください。できることをするよ』と。