子どものとき白血病

子どものとき白血病         2015年7月5日分

10年位前に、21歳で介護職のK君に出会った。東京のグループホーム連絡会の活動の中の合宿研修会(数十人)で出会ったのだと思う。当時は(も)よく集まって勉強会も情報交換会も飲み会も行った。我が息子と同じ世代で名前がよく似ていたので、「息子だね」などといいながら、「4番目の息子にしてください」「いいよ、いいよ。いい息子ができたわ」などと笑い合っていた。その後音沙汰なく時間が過ぎた。

「宮崎さん、会いたいです!」
 先日突然、メールがきました。「覚えていないかもしれませんが、4番目の息子のKです。宮崎さんに会いたいんです。相談にのってもらいたいことがあるんです。どこか時間をとってください」と。
 「よく覚えていますよ。元気? ぜひお会いしましょう」
と、先日10年ぶりに会いました。まあ、懐かしかった。
「何歳になったの」
「31歳になったんです」
「独身?」
「いいえ、かなり年上の女性と結婚して子どもが2人います」
「へえー、そうなの・・・。奥さん働いているの?」
「いいえ」
「K君、介護の仕事を続けているんでしょ。あなたの給料で、家族4名大丈夫なの」
「介護の仕事をしていますよ。何とか食べられています」
「よく辞めないで介護の仕事を続けているね。介護の仕事好きなの?」
「ええ、僕、介護の仕事が大好きなんです」
「・・・」
「・・・」
と、長い時間おしゃべりした。とてもいい青年! とても素晴らしい介護職!

実は僕、子どもの頃白血病だったんです
 時間も忘れてずいぶん話が弾んで楽しい時間が過ぎました。その時、ふとK君が、
「実は、僕4歳のころに白血病で長い間入退院を繰り返していたんです。それを大人になるまで知らなかったんです」
「ええ、そうなの…。じゃあ、もしかしたらもうこの世にいなかったかもしれないね。よく生きていたね」
「そうなんです。入院をしていた記憶と、看護師さんを困らせたり、点滴台を壊して迷惑をかけたりした記憶はあるんです。髪の毛が抜けたり、口の中にたくさんできものができたりとたぶん、死にそうなくらい大変な時期だったのかもしれませんが、僕はその時の嫌な思い出とか、つらい記憶がほとんどないんです」
「へえー。楽しかったの?」
「楽しいというか・・・。母はずっと付き添ってくれていっしょだったし、父も毎日仕事帰りに寄ってくれた」
「愛情に包まれていたんだね」
「そうですね。そんな経験もあったので、介護の仕事に興味を持ったんだと思いますし、これからはターミナルケアにもかかわっていきたいと思っているんです」
「そうなんだ、偉いね、というかいいね」

そうなんだね・・・
 学生の時小児科病棟に実習に行き、白血病の子どもの看護の勉強をしました。一日中病室の小さなベッドの上で、点滴につながれ、さぞかし窮屈な思いなんだろうなあ。それで治ればいいけれど、かなりの方は亡くなっていった。退院したその子たちは再発したり・・・どんな人生を送るのかなあなどとよく考えたものだった。
 その白血病だった子が立派に介護の仕事をしている!! 感動!! 人生ってそうなんだね・・・。感無量の気持ちになったのだった。
病気や死に立ち向かい、克服し、受け手側だったその人が、今は立派な支援する側にいる!

別れた後、再度メール「これからも母のままでいてください。時々はできの悪い息子を叱ってやってください」と。
息子に再開し、感無量だった。